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■森田恒雄
   
    

きょうは大きく二つの質問をいたします。

 まず一つは、飯田工業高校の県立工科短期大学校化について提案をし、県の考えをお伺いいたします。
 高校再編の決定に基づいて、飯田工業高校の後利用について県は責任を持って対処されたいと強く求められておりますが、何か考えがあるのかどうか。これについては教育長にお伺いをいたします。
 私は、ぜひにとの願いを込めて対応策を提案をいたします。県の県政方針の中で、長野県はものづくり産業が盛んとし、その推進とそのための人材育成を提唱しておりますが、そのことに異議はありません。県提出資料の中で確かに加工組み立て型産業の製造品出荷額構成比は、驚くかな、全国平均の47.1%に対しまして長野県が第1位で71.7%、第2位が愛知県の69.8%、3位が山梨県の67.7%であり、比率全国1位の中で情報関係が1位、電子3位、精密5位であります。では、大切なものづくり技術を持つ人材をどう育成するかが当然課題とならなくてはなりません。

 さて、さきに、高校再編の中で、飯伊地区においては私立高校1校を含む9校中1校減として、飯田長姫と飯田工業との統合が2月県会において最終決定いたしました。私自身は今でも校地長姫高校としたことに納得しておりませんが、しかし、本会議で決定したことを承知しなくてはと思っております。

 そこで、当初決められました飯田工業のある座光寺地区の不満は大きく、後利用を責任を持ってという声にどうこたえるかということであります。
 私たち南信州地域は、中期5カ年計画の中での主要課題として三遠南信連携を柱としております。すなわち、豊橋中心の三河、浜松中心の遠州、飯田中心の南信州連携であります。
 さきに、私は、その三遠南信サミットに参加をいたしまして意見を交えてまいりました。ものづくりは人づくりが先決。そこで、調べてみますと、遠州地域には4年制大学が10校、短大1校、専門学校31校で何と計43校、三河地区には4年制大学5校、短大4校、専門学校12校の計21校には驚きました。それに比べて、南信州は飯田女子短大1校とコンピューター専門学校1校、技術専門校1校のみと、その大きな差をひしひしと感じさせられてまいりました。

 そこで、私は、ものづくり校として設計に基づいて立派な校舎を建築した飯田工業高校が空き校舎となることから、建物としてはすぐ間に合うので、県立の工科短大として設立することを提案するものであります。
 ちなみに、上田の工科短大を調べてみました。定員は、生産技術科の20人、制御技術科の20人、電子技術科の20人、情報技術科の20人の計80人。20年度は85人が入学し、今年度は90人の入学。合格者はさらに多かったと人気がありまして、就職率も今年まで100%の実績でありました。21年度の入学は、地元東信54人、北信28人、中信6人、南信はわずか1人という内容であります。
 今年1月20日に開催した伊那市でのこんにちは県議会における飯田、伊那、諏訪の商工会議所の会頭からの要求も、工科短大をという声が圧倒的でありました。
 長姫、飯田工業の統合が25年ですから、それにあわせて現工業高校を工科短大にする準備を今から進めてはどうかと思いますが、新しく商工労働部長となられました黒田部長に熱意ある答弁を求めたいと思います。
 第1回の質問を終わります。

         

◎教育長
 (山口利幸) 

 

飯田工業高校の後利用についてのお尋ねでございます。
 高等学校再編計画の作成と同様に、校地、校舎の後利用につきましても地域の皆様の意向を踏まえた対応が大切であると考えております。そのために、教育委員会内だけではなく、県の他の部局とも連携しながら、地元自治体など関係者の皆様の御意見をお聞きする場を設けて、その利活用の方策を検討してまいりたいと考えております。
 具体的に申し上げますと、南信州広域連合や飯田市、飯田工業高校が所在する座光寺地区などの皆様との意見交換の場として、飯田工業高等学校校地・校舎後利用懇話会を近々設置する予定でございます。
 いずれにいたしましても、有効に活用できる方途を地域の皆様とともに探ってまいる所存でございます。

            

◎商工労働部長
 (黒田和彦) 

飯田工業高校を工科短期大学校にする準備を進めるのはいかがかという御質問でございます。
 工業技術系の工科短期大学校のような施設の設置に対する南信地域の皆さんの期待が大きいことは従前から承知しているところでございます。
 工科短大や技術専門校を含みます産業人材の育成につきましては、従来から計画的に整備や見直しを行っておりまして、現在、計画期間が平成18年度から22年度までの第8次職業能力開発計画に基づきまして、技術専門校の訓練科の統廃合あるいは訓練内容の見直しを進めているところでございます。
 平成23年度からスタートいたします第9次の計画の策定作業におきましては、高校新卒者の進路動向や企業側のニーズの状況を踏まえまして、工科短期大学校や技術専門校の配置、訓練内容などのあり方全体について検討してまいる所存でございます。
 具体的に申し上げますと、今後、職業能力開発審議会の委員の選定に着手いたしまして、この秋には早速審議会を開催いたしまして課題と再編方針等について御審議を始めていただく予定でございます。
 以上でございます。

     

■森田恒雄

ただいま、地区と協議をしてと、これは当然座光寺地区を中心であると思います。意向の強いことは承知をしている、第9次で検討してまいりたい、その検討はこの秋から審議を始める。その答弁は結構だと思います。

 そこで、改めて知事に申し上げたいと思いますが、工科短大化につきまして、定例県会の提案説明提言で、将来を視野に入れた需要の喚起や新しい産業の創出を図ってまいりますと述べられました。ものづくり校としてつくった立派な工業高校の建物があるわけですから、上田の工科短大の決算で見ますと、費用は合計3億5,700万円、うち国庫補助金38%の1億3,600万円、授業料収入24%の8,470万円、一般財源が38%の1億3,500万円余で済む。当然、校舎はすばらしい立派な校舎がありますから、それを即利用していくことが可能だと私は現地を見て思っています。

 知事にも、そういう提案でもありますし、ものづくり県として今後当然のことながら発展していく。冒頭申し上げましたように長野県の位置づけは全国一、こういうことです。ですから、将来に向けて、25年に飯田工業高校が統合して長姫に移る、空き校舎ができる。ぜひ知事に決断をしていただきまして、今商工労働部長が申されました方向で検討いただきますように、この際、知事から一言決意のほどを述べていただきたいと思います。

       

◎知事
 (村井仁)

ベテランの森田県議の御提案であります。
 産業人材の育成というのは、まさにものづくりの長野県をどうやって維持していくか、そういう観点からも大切なことであります。少子化、それから一方で4年制進学率の増加というような状況も踏まえまして、各地域にあります産業界のニーズに十分にこたえることを第一に、広い県内のどこにどのような形で工科短大を置いていったらいいか、全県のバランスの中で検討していくことが大切だと思っております。

 商工労働部長からお答えしましたように、第9次の長野県職業能力開発計画の策定のための第1回目の審議会を開催する。この場でも御提案の問題も含めて議論を進めてまいりたいと存じます。
 工科短大やあるいは技専校につきましては、産業振興の上で効果を最大限に発揮できるように、また、現下の厳しい財政状況の中で財政負担に意を用いつつ、その機能やあり方全体につきまして審議会などでの議論を踏まえて結論を出してまいりたいと考えるところであります。

       

■森田恒雄

、バランスある設置が大切、9次で提案を含めて検討していきたい、前向きの答弁をいただきました。ぜひ、その前向きの答弁を期待をし、あれだけ立派な、何十億というお金をかけてつくったんですから、空き家にならないように進めていただくことを特に要求いたしておきたいと思います。

 続きまして、仮称満蒙開拓平和記念館建設支援につきまして知事に要請し、心あるお答えを賜りたいと思います。
 戦後は長くなりましたが、私は、いや飯田日中友好協会員は、あの開拓団の悲劇について、何年たっても、おれたちは、私たちは政府や県や役場や先生らにだまされた、悔しいと言って、救いの手もなく、あの荒野に若き命を捨てられたその人たちの叫びが忘れられません。その声は長野県じゅうに存在しております。
 満蒙開拓の歴史は、広田弘毅内閣の昭和11年8月、20カ年で100万戸満州移民計画があったことから始まります。いずれ日米対決は避けられない、対米戦に備えて満州を占拠し、ソ連の侵攻を封じ込めておく必要があると計画が推進をされまして、結果として義勇軍を含め27万人が移民をして8万人が犠牲になりました。飯伊では8,584人、上伊那が2,440人と伊那谷だけで1万1,024人。泰阜村の794人、豊丘村の614人、阿智村の575人が突出をしています。県全体では、義勇軍含めて3万2,992人が渡満して1万5,000人余が犠牲となりました。
 長野県は小規模農家が多く、小作農も多かった。折しも世界的大恐慌が日本を直撃をして、農家の次三男対策として移民の推進に拍車をかけたのでありました。
 飯田市歴史研究所編「満州移民 飯田下伊那からのメッセージ」という出版書には、主筆の中村政則一橋大学教授の次のような記述があります。満州移民とその社会責任はだれにあるのかを考えるには、一つ、国家、軍、あるいは推進者のレベル、二つ、県庁、役場などの地方レベル、三つ、個人のレベルの三つに分ける必要がある。簡単に言えば、第1は関東軍や加藤完治氏ら推進者やイデオローグの責任である。地方自治体も個人も、国が動かなければあれほど大規模に満州に行くことはなかった。何といっても上部指導者の責任が一番重い。第2は、県庁、役場、在郷軍人会や信濃教育会に代表される学校の教師たちの責任である。拓務省や県庁ラインでの割り当てがあったであろうが、村レベルの指導者は郷土の名を上げようと他県、他村と競争に走ったとあります。
 財政の厳しい村々は補助金に振り回され、移住する人さえ出せば金はどのようにも融通する、当初計画は昭和15年中に完了すればよかったが、14年中に完了しなければ助成金を減額するとまで拓務省、農林省、長野県庁などから厳格に命令されたとあります。
 下伊那で最後に分村した私のおる河野村、昭和17年7月、胡桃澤盛村長によって分村移民計画が取り上げられ、村会は全会一致で決議、村を挙げて分村移民が進められ、団長には河野村議会議員で産業組合長(当時66歳)が選ばれまして、25世帯95人が分村移民、うち子供は44人というものでありました。
 移民後、2年も経ずして戦況は怪しくなり、開拓に行けば徴兵は免除されるとしていたのに、青年は根こそぎ現地徴兵、残された高齢男性と女、子供の悲劇が始まったのでありました。

 20年8月9日のソ連参戦、現地人の暴動以降、逃避行は続き、泣く子を置き去りにする母親、子供を背負ったまま川の中へ沈んでいく母親、まずはこれまでとトウモロコシ畑の中での集団自決。哀れな最後だったのでありました。
 その自決の場に、私の同級生で4年生、家族と渡満した市沢少年がおりまして、おれはまだ死ぬのは嫌だと逃げ回ったけれども、さあさあみんなで一緒にお父さんのところに行くんだよとなだめられて自決に至りました。しかし、何と皮肉か、現地召集されたお父さんだけが終戦後生きて復員してきたのでありました。
 自決したはずの私の家の2軒隣の久保田諫さん(当時16歳)が、スコールが来て生き返り、一人その後運よく引き揚げられて、生き証人として何度も現地の様子を聞き、涙を流したものでありました。
 そして、当時の胡桃澤村長(43歳)は、終戦後、国策とはいえ送り出したのはこの自分ではなかったか、強い者は勝ち残り、弱い者は滅し去るのかと国、県を恨み、嘆き、苦しんだ上、終戦の翌年、開拓犠牲者をしのんでみずから命を絶ったのでありました。無念この上もなかったでしょう。

 また、長野県桔梗ケ原女子拓務訓練所の教育を受け開拓花嫁として渡満した女性の多くは犠牲となり、また残留婦人となられたことも心を痛めます。
 今まで、県には、引揚者のかつての現地へ犠牲者慰霊支援を旅費支援として3カ年やってもらい、喬木村へ引揚者自立支援センターの設立を支援してもらい、そして引揚者の年金不備補てんとして県単独で月3万円支給も実施してもらいましたが、今、集大成ともいうべき満蒙開拓平和記念館の施設を建設して、戦争という負の遺産を平和友好、国際交流という正の遺産に置きかえたい、日本一多くの開拓団と犠牲者を出した飯伊地域に施設をつくって全国からの資料収集、保管、研究、展示、帰国者の交流の場、戦争の悲惨さ、平和のとうとさを次世代に語り継いでいくこと、全世界に向けての平和発信の場としていくことに、飯田日中友好協会の河原進会長を先頭に、その実現に向けて精魂を傾けております。

 4年前から、大変な労苦の時間と資金を費やして、協会役員を中心に取り組んでまいりました。幸い、阿智村から建設用地の無償貸与が決まり、飯伊自治体の首長全員の御賛同を賜り、また、さらに、満蒙開拓残留孤児の父と称された山本慈昭先生の功績をたたえて単独の記念館建設を計画されていた有志の皆さんも合同して、平和記念館建設へ踏み出す方向になりました。そして、過日は、飯田日中の理事長や事務局長らが中心に、全国都道府県、政令市、全国の各自治体に計2,000通の建設資金募金の要請パンフレットを発送いたしました。
 なお、前年、20年度には本庁部局長の全員の皆様に募金要請をお願いし、浦野総務部長を初め1万円以上の募金が寄せられていることに、河原会長以下感謝をしているところであります。
 以上、長々申し上げましたが、一口に人の命は1億円と申します。県下3万3,000人の苦労と1万5,000人余の犠牲となったとうとい若き命、国の責任はもちろんですが、県や信濃教育会、教育委員会にも大きな責任があったことは明白です。犠牲者のみたまを慰霊し、全国で唯一のこの平和記念館に対しての支援……

(申し合わせ時間経過のため発言終了)

知事から心温まる答弁を求めたいと思います。
 以上で終わりますが、知事の心ある答弁を強く求めたいと思います。以上で終わります。

 

 

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